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心理的安全性とは
心理的安全性(psychological safety)とは、組織やチームの中で自分の考えや気持ちを、誰に対しても安心して発言できる状態のことを指します。これは、組織行動学を研究していたエイミー・C・エドモンドソン教授が1999年に発表した論文の中で提唱した概念です。
心理的安全性が保たれている場合、自分がミスやリスクがある行動をしても、同じ組織やチームのメンバーとの関係が破綻したり拒絶されたりしないと安心できます。逆に、小さなミスでも非難されるかもしれないという不安をメンバーが抱えていれば心理的安全性が低い状態です。
心理的安全性が高いほうが活発な意見交換や新しいアイデアの創出などが期待できるため、ビジネスにおいて注目されています。
心理的安全性が注目される背景
心理的安全性が注目されるようになったのは、Googleが2016年に発表した「プロジェクト・アリストテレス」の研究発表がきっかけです。このプロジェクトでは社内の100以上チームを対象とし、成功し続けるために必要な条件を分析しました。
その結果判明したのが、チームに所属しているメンバーではなく、チームの協力体制や相互信頼などが重要であることです。メンバーの個々の能力や働き方などは関係なく、メンバー間の信頼関係や他者への心遣いなどの心理的な要素が影響していることが分かりました。
この研究では、心理的安全性が高いチームであれば、生産性や創造性が高く、離職率も低いことも判明しています。このことから、生産性を高めたい多くの企業が心理的安全性に注目しているのです。
「ぬるま湯組織」との違い
心理的安全性が高い状態と混同されがちなのが「ぬるま湯組織」です。「ぬるま湯組織」では居心地の良さを維持するために、他者との対立を避けようとします。そのため、自分の意見の主張や相手の間違いの指摘などをせず、目標達成に対しても甘く考えてしまう状態に陥りかねません。
つまり、居心地の良さを優先するために、刺激や緊張感のない仲良しクラブのような状態になってしまうのです。さらに、失敗やリスクを恐れるため、新しいアイデアや革新的な意見が出ない状態になります。これは心理的安全性が高い組織とは言えません。
心理的安全性は、メンバー同士の自由な発言や挑戦を受け入れ、目標達成のために妥協なく取り組める環境が整っている状態です。目標達成の過程での失敗からの学びを活かし、チーム全体の成長につなげられます。
心理的安全性が低いことで起きる4つの不安
心理的安全性が低いことで起こる4つの不安として、以下が挙げられます。
- ①無知だと思われることへの不安
- ②無能だと思われることへの不安
- ③邪魔だと思われることへの不安
- ④ネガティブだと思われることへの不安
それぞれどのような不安なのかを解説します。
①無知だと思われることへの不安
心理的安全性が低いと起きる不安の一つが、メンバーから無知だと思われることへの不安です。分からないことがあった際、メンバーに質問や確認をしたくても「こんなことも知らないのか」と相手に思われることを避けたいと感じてしまいます。
その結果、分からないことがあってもメンバーや上司へ質問や相談ができなくなってしまうのです。チーム内でのコミュニケーションも低下し、その結果ミスにつながる可能性が高まってしまいます。
②無能だと思われることへの不安
無能だと思われることも、心理的安全性が低いと起きやすい不安です。誰かがミスや失敗をした際「こんなこともできないのか」と他者から思われる環境では、安心して仕事ができません。
そのため、ミスや失敗をしても報告せずに隠すようになり、問題の発見が遅れてしまうのです。その結果、問題に気づけず大きなトラブルにつながってしまうでしょう。
また、ミスを責任転嫁したりミスしないように新しいことに挑戦しなくなるなどの問題も起こる可能性があります。
③邪魔だと思われることへの不安
心理的安全性が低いと、メンバーから邪魔だと思われることへの不安も起きやすくなります。「自分の発言により議論が進まなくなると思われるのではないか」と不安を感じていては自発的な発言ができません。
さらに、発言によってメンバーから嫌われるのではないかと思えば活発な意見交換は難しいでしょう。この結果、新しいアイデアや有意義な意見が出なくなってしまいます。互いに意見が出せないことで、メンバー同士での意思疎通が不十分になり、チームワークの低下にもつながってしまうでしょう。
④ネガティブだと思われることへの不安
心理的安全性が低いと、意見を述べることへネガティブに捉えられるのではないかという不安も起きやすくなります。他のメンバーの提案に対して改善案を提案しようとしても「人の意見を否定している」「ケチをつけている」と思われる状態では、発言をためらい建設的な議論ができません。
現状を正確に捉えた批判や疑問があっても発言しなくなるため、組織の成長が止まってしまいます。さらに問題点を指摘できないことで大きな失敗につながる可能性もあるでしょう。
心理的安全性が社員にもたらすメリット
心理的安全性が社員にもたらすメリットとしては以下の4つが挙げられます。
- パフォーマンスの向上
- 責任感・関心度の向上
- エンゲージメントの向上
- アサーティブコミュニケーションが身に付く
それぞれどのようなメリットなのかを解説します。
パフォーマンスの向上
心理的安全性が高い状態で働くことで期待できるメリットの一つが、社員のパフォーマンスの向上です。メンバー同士が互いに尊重しあっている状態のため、社員は安心して業務に集中できます。
個人が本来持っているポテンシャルを発揮しやすくなるだけではなく、互いに刺激しあって成長できるでしょう。また、活発な意見交換や提案ができるため、メンバー間での意思決定もスムーズにできます。これにより、業務を効率的に進められるでしょう。
責任感・関心度の向上
責任感・関心度の向上も、心理的安全性が高いと得られるメリットです。自分の意見や提案が受け入れられる環境であれば、仕事に関わっているという責任感を実感しやすくなります。仕事にもやりがいを感じ、積極的に関わろうと前向きな気持ちが持ちやすくなるのです。
仕事への責任感や関心度が高まると、自己成長への意欲や組織への貢献意欲も高まります。これにより、社員個人の成長やパフォーマンスの向上などにもつながるでしょう。
エンゲージメントの向上
心理的安全性が高い環境では、エンゲージメントの向上も期待できます。心理的安全性が高いと、チームメンバーに対して対人関係の心配やネガティブな感情がありません。そのため、コミュニケーションが活発になり、チームの雰囲気もよくなります。
これにより仕事に対するモチベーションが高まり、エンゲージメントや生産性の向上が期待できるのです。さらに、組織に対して愛着が持てるようになるため、定着率の向上にもつながります。
アサーティブコミュニケーションが身に付く
心理的安全性が高いと、アサーティブコミュニケーションが身に付くことも期待できます。アサーティブコミュニケーションとは、自分と相手を同じように尊重しながら意見を伝え合うコミュニケーション方法です。
心理的安全性に取り組むと、自分の意見や気持ちを伝えるだけではなく、相手の意見も聞く環境を整える必要があります。互いに率直かつ誠実に伝えるアサーティブコミュニケーションスキルが身に付き、互いに尊重しあった対等な関係を構築できるでしょう。
心理的安全性が企業にもたらすメリット
心理的安全性が高い状態は、社員個人だけではなく企業にとってもプラスになります。心理的安全性が企業にもたらすメリットは以下の4つです。
- 定着率が向上し離職率が低下する
- 情報交換がスムーズになり生産性が向上する
- イノベーションが生まれやすくなる
- 多様な能力を持つ人間が集まりやすくなる
それぞれどのようなメリットなのかみてみましょう。
定着率が向上し離職率が低下する
心理的安全性が高い組織では、定着率の向上と離職率の低下が期待できます。自身のスキルや能力を積極的に活かせる環境のため、社員は仕事へのやりがいを持ちやすくなるでしょう。仕事へのモチベーションが高い状態を保ち、組織への愛着も高まります。
さらに、コミュニケーションが活発であれば職場の風通しもよく、メンバー同士が互いを尊重しあう関係性のため居心地の良い環境を構築できます。これにより離職率が低下し、優秀な人材の流出を防げるでしょう。
情報交換がスムーズになり生産性が向上する
心理的安全性が高いと、社内の情報交換がスムーズになり、生産性の向上にもつながります。メンバーや上司とのコミュニケーションが円滑にできる環境であれば、自発的な報告・連絡・相談が可能です。
発言しても非難されないという安心感からさまざまな情報交換が行われ、意思決定がスムーズにできるようになります。個々のパフォーマンス力も向上するため、組織全体の生産性の向上につながるでしょう。さらに、ミスがあっても早い段階で発見できるため、トラブル回避にもつながります。
イノベーションが生まれやすくなる
心理的安全性が高いと、イノベーションが生まれやすくなることも企業にもたらすメリットの一つです。自分の発言や提案が誰からも拒否される心配がないため、誰もが自由に発言しやすくなります。
これまで発言の機会が少なかった人がいても、その人たちが何もアイデアがないから黙っていたとは限りません。他のメンバーからの拒否や否定を恐れて発言できなかった場合、心理的安全性が高ければ自分の意見を発言しやすくなるでしょう。
意見を出す人が増えれば、それだけ革新的なアイデアが生まれる可能性も高まります。新しいアイデアが提案されるようになり、イノベーションが生まれやすくなるのです。
多様な能力を持つ人間が集まりやすくなる
心理的安全性が高い組織には、多様な能力を持つ人間が集まりやすくなる点もメリットです。互いに尊重しあう環境では個人のスキルが抑圧されません。そのため、社員それぞれが自分のスキルを伸ばせます。
これにより、多彩な人材が集まった組織の構築が可能です。また、仕事へ意欲的に取り組めることでメンバー同士が切磋琢磨し、さらに社員それぞれのスキルアップにつながるという好循環が生まれます。その結果、業務効率の向上や目標達成までのスピード促進にもつながるでしょう。
自社の心理的安全性の確認方法
自社の心理的安全性を確認する方法として、以下の3つが挙げられます。
- 心理的安全性を測る7つの質問
- 心理的安全性が高い職場に見られる3つのサイン
- 心理的安全性が低い職場に見られる9つの兆候
心理的安全性を高めるため、これらの確認方法を用いて現在の状態を正確に把握しましょう。
心理的安全性を測る7つの質問
心理的安全性を測るには、以下の7つの質問をしましょう。
- チームの中でミスをすると大抵否定されるか?
- チームのメンバーは課題や問題を互いに指摘できるか?
- チームのメンバーは自分と異なるからといった理由で他者を拒否することがあるか?
- チームに対してリスクある行動をしても安全であるか?
- チームのメンバーに助けを求めることは難しいか?
- チーム全員が他者を意図的に陥れるような行動をしないか?
- チームメンバーと仕事をする際に、自分のスキルや能力が尊重されて仕事に活かせていると感じられるか?
上記の質問に対し、1〜5までの5段階で回答します。ネガティブな回答が多い場合は心理的安全性が低い可能性があるため改善が必要です。
心理的安全性が高い職場に見られる3つのサイン
職場の状態から心理的安全性の高さを把握することもできます。提唱者であるエドモンドソン教授が心理的安全性が高い職場に見られるサインとして挙げているのは、以下の3つです。
- 前向きな発言が多い
- ミスや問題について頻繁に話し合う
- 社内に笑いとユーモアがある
問題が発覚したりトラブルが起こったりしたような状況でも前向きな発言が交わされている場合、心理的安全性が高いといえるでしょう。逆に日頃からネガティブな発言が多かったりミスや問題に関する相談が少なかったりする場合は心理的安全性が低い可能性があります。チームリーダーや管理職など、チームをまとめる立場にある場合は、上記の視点に注目してチームの状態を確認しましょう。
心理的安全性が低い職場に見られる9つの兆候
心理的安全性が低い職場に見られる兆候として、以下の9つがあります。
- 社員は会議中に質問をほとんどしない
- 社員は過ちを認めることに抵抗を感じている
- チーム内では、難しい会話や激しい議論を招く話題を避けている
- 役員とチームリーダーは、会議の議論を支配する傾向がある
- フィードバックは頻繁に行われず、求められることもない
- 他のチームメンバーをサポートするために、メンバーが自分の職務以外のことを進んですることがない
- 社員同士、必要な時にお互いに助けを求めることがない
- 意見の相違、異なった視点からの意見がほとんどない
- 社員はお互いを個人的に知っているわけではなく、職務的に知っている
これらの兆候が見られる場合、メンバー同士での意思疎通や良好な関係構築ができていない可能性があります。上記の兆候に着目し、人間関係の良好さやチームワークが取れているかを定期的に確認しましょう。
心理的安全性を高める方法
心理的安全性を高める方法は、以下の5つがあります。
- 共通の価値観を持つ
- 相談しやすい環境作り
- 評価制度を改善する
- 発言する機会を均等に設ける
- 多様な価値観を尊重する
それぞれどのような方法なのか解説します。
共通の価値観を持つ
心理的安全性を高めるには、チームとしての共通の価値観を持つことが大切です。価値観が異なる状態では、何を基準に行動すればよいか分かりません。メンバーがとるべき行動やNG行動を明確に定義して共有すれば、その定義にあった行動を取れるようになります。
また、共通の価値観を共有していれば行動や考え方に対して共通の軸を持って取り組めるため、メンバーのサポートやフォローもしやすくなるでしょう。このように、どのように行動すればよいか確信が持てることで、心理的安全性を高めるのに役立ちます。
相談しやすい環境作り
誰もが相談しやすい環境を作ることも、心理的安全性を高めるためには重要です。何かしら問題が発生したり分からないことがあったりしても、すぐに相談や質問ができる環境であれば安心して業務に取り組めます。
相談や質問を自分の弱みをさらす行為だと不安を感じるのではなく、弱みをさらけ出しても大丈夫だと思える環境であることが大切です。メンバー同士が尊重しあい、相談や質問をしやすい環境を構築することで心理的安全性を高められます。
評価制度を改善する
評価制度を改善することも、心理的安全性を高めることにつながります。成果主義の場合、成果が出せないと評価が得られません。そのため、ミスの発生や評価の低下に対して強い不安を感じ、プレッシャーを感じてしまうおそれがあります。
このプレッシャーが心理的安全性を低下させる要因になってしまうのです。また、評価基準が曖昧な場合もメンバーが不公平さを感じてしまいかねません。
そのため、適切かつ社員のストレスにならない評価制度に見直すことが大切です。さまざまな評価方法を検討し、社員が納得できる評価制度を目指しましょう。
発言する機会を均等に設ける
発言する機会を均等に設けることも大切です。会議で「誰もが自由に発言できる」というルールだけを設けても、全員が発言するとは限りません。一部のメンバーだけが発言し、会議が進んでしまう場合もあるでしょう。
発言者が偏っている場合、誰もが発言する機会を得られるように会議での発言システムを見直すことが大切です。会議の進行役が1人ずつ発言を促したり、最後に感想を言い合う時間を設けたりして、意識的に発言の機会を設けましょう。メンバーの前で話す経験が増えることで、自発的に発言できるようになります。
多様な価値観を尊重する
チームの心理的安全性を高めるには、多様な価値観を尊重することも重要です。共通の価値観を持つことは大切ですが、誰かの価値観を一方的に押しつけると押しつけられた側は納得できません。
尊重しあえる良好な関係を築くには、互いの価値観を認め、尊重しあうことが大切です。尊重しあっている関係であれば、自分の個性をチームに受け入れてもらえているという安心感が得られます。こうした安心感が、活発な意見交換やイノベーションの創出などにつながるのです。
心理的安全性を向上させるマネジメント手法
心理的安全性を向上させるマネジメント手法として、以下の4つが挙げられます。
- 1on1ミーティング
- OKR
- ピアボーナス
- チームビルディング
どのような手法なのかそれぞれ解説します。チームリーダーや管理職など、チームマネジメントに取り組んでいる方はぜひ参考にしてください。
1on1ミーティング
心理的安全性を向上させる手法の一つが、1on1ミーティングです。複数人数で行うミーティングとは異なり、上司と部下が1対1で行います。
1on1で重視するのは、双方向のコミュニケーションです。上司が一方的に話すのではなく、互いにざっくばらんに会話することで信頼関係の構築を目指しましょう。
また、1人のメンバーのためだけに時間を割くミーティングのため、1on1を行うこと自体が社員の存在を認め、大切にしているというメッセージにもなります。
OKR
OKR(Objectives and Key Results)を設定することも、心理的安全性の向上に役立ちます。OKRは会社の目標と個人を紐付け、目標達成に向けて取り組めるようにする目標管理方法の一つです。まずは企業の目標を設定し、そこからチームや個人の目標を設定します。これにより、最終的に目指すべき目標を見据えた取り組みが可能です。
目標を明確にすることで、チームのメンバーが同じ方向を向いて計画を進められるようになり、チームの協力体制の強化ができます。協力体制が構築できれば、メンバー間の相互理解が進み安心感も得やすくなるでしょう。
ピアボーナス
メンバー同士で報酬や贈り物などをしあうピアボーナスの導入も、心理的安全性の向上に役立ちます。ピアボーナスとは、仕事の成功やサポートへの感謝などを、メンバー同士で賞賛し合う仕組みのことです。メンバー同士でのコミュニケーションが活性化するだけではなく、メンバーから賞賛されることでモチベーションアップにもつながります。
また、互いの感謝や賞賛が可視化されるため「自分はメンバーから認められている」と実感しやすいのも特徴です。これにより、チームや他のメンバーへの愛着もわきやすくなり、定着しやすくなるでしょう。
チームビルディング
チームビルディングも心理的安全性の向上に役立つ手法です。チームビルディングとは、チームメンバーがそれぞれの個性や能力を発揮しながら目標を達成できるチームを作る取り組みのことです。
近年、社員旅行や懇親会などの業務以外の交流の場は減少傾向にあります。チームビルディングではイベントやワークショップなどを通じ、コミュニケーション機会を増やして相互理解を深めてチームワークを発揮できるような組織作りに取り組むことが重要です。
心理的安全性の高い職場で成長を
心理的安全性が高い職場やチームでは、社員が個々の能力を発揮できるだけではなくスキルアップやチームとしての成長も期待できます。意見や情報の交換も活発に行われるため、革新的なアイデアやイノベーションの創出も期待できるでしょう。
社員同士のコミュニケーションや風通しの良さなどに注目すると、企業の心理的安全性の状態が見えてきます。自分のスキルアップができ、新しいことにも挑戦できる環境で働きたいのなら、心理的安全性の高い企業への転職を目指しましょう。